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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6919号 判決 1994年4月12日

大阪府<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

金子利夫

吉野庄三

上原康夫

東京都中央区<以下省略>

被告

菱光証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

大原健司

山村武嗣

小池康弘

主文

一  被告は原告に対し、金七一二万七四七〇円及びこれに対する平成四年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の、それぞれ負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三二三九万五〇三六円及びこれに対する平成四年六月一一日(平成五年七月二三日付請求の趣旨減縮の申出書記載の「同月一日」は、訴状との対比から誤記であると認められる。)から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告とワラント(新株引受権証券)及び株式の売買取引を行っていた原告が、被告従業員に、説明義務を怠ったり、確定的判断を提供するなどの違法行為があったとして、債務不履行又は不法行為を選択的に主張して、被告に対し損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

(一)  被告は、有価証券の売買等を業とする株式会社で、東京証券取引所及び大阪証券取引所の会員である。

(二)  原告は、平成二年三月から平成三年七月までの間、被告との間でワラントの売買取引及び株式売買の委託取引を行った。その取引内容の明細は別紙「取引明細」と題する書面(以下、「別紙明細書」という。)記載のとおりである。

(三)  原告は、被告と取引を開始する前からa証券株式会社大阪支店(以下、「a証券」という。)と株式売買の委託取引をしていた。

(四)  原告との取引の被告側担当者は、当初から、被告関西法人部営業課員B(以下、「B」という。)であった。原告は被告との取引開始にあたり、Bに対し、三〇〇〇万円の資金の範囲内で取引することを承諾した。

(五)  原告は、別紙明細書記載の住友商事ワラント及び三菱重工ワラントが全く無価値になるなどの損失を被った。

(六)  原告は被告に対し、平成四年六月一〇日に被告に到達した催告書により、本件の損害賠償金の支払を催告した。

二  争点

(一)  原告の主張

1 原告は、平成元年九月にa証券を通じて初めて株式を購入した。以後、a証券との取引は、同社に任せていたのが実態で、取引回数も多くはなく、原告は、株式取引について素人の域を出ない状態であった。

2 原告は被告との取引開始前に、Bに対し、「儲からん話やったらやらんぞ。絶対儲かるのか。」と言ったところ、同人は「絶対儲けさせます。」と言明したので、被告に三〇〇〇万円程度の資金の運用を任せることにした。

3 Bは原告に対し、ワラント購入を勧めるにあたって、当時ワラントが値下りし、売買が縮小してその先行きが懸念されていた時期であるのに、「市況も賑わっている。売買高が猛烈に膨らんでいる。利益が出ることは確実です。」などと虚偽の事実を交えて断定的判断を示したばかりか、ワラントの性質、意味、内容、危険性について全く説明しなかった。しかも、最初のワラントSMC五〇口(単位)の取引では、Bは、「買った日にすぐ売れば七〇万円から八〇万円の利益が出る。」と具体的金額まで示して勧誘し、実際にそれだけの利益が出た。これは、被告があらかじめ利益が出るよう操作した結果である。

4 原告は、右の経過から、ワラントの内容や危険性について全く理解しないまま、Bの言葉を信用して、以後同人の申し出るままにワラントの売買をしたもので、その取引実態は一任売買であった。

5 原告はBから、ワラントについてのいかなる取引説明書も交付されていない。

6 Bは原告に対し、「ワラントで損失が生じるかもしれないので、株式でその埋め合わせをする。」と損失補填の目的であることを明示して原告を誤信させ、原告は被告と株式売買の委託取引も始めた。そして、被告は原告に対し、希少性があり購入希望者も多い新規上場株を集中的に割り当てた。

7 (被告の責任)

(1) 本件のワラント取引は、仕切(相対)取引であったが、Bは原告に対しその説明をしなかった。これは、証券取引法(以下、単に「法」という。)四六条の規定に違反する。

(2) 法五〇条一項五号は、証券会社やその使用人に対し、投資者の保護に欠ける行為等を禁止し、この規定を受けて昭和四九年一二月二日付大蔵省証券局通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」は、その一項(1)で「証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の判断に資するため有価証券の性格・発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資者に提供すること」を求めているが、Bはワラントについてこの説明義務を全く果していない。

(3) 前記3記載のBの行為が、法五〇条一項一号で禁止する断定的判断を提供して勧誘する行為にあたり、また、証券会社の健全性の準則等に関する省令で禁止する虚偽表示又は誤導表示に該当することは明らかである。

(4) 前記6記載のBの行為も違法である。

(5) 以上によれば、被告には、原告との間の委託契約上の債務不履行責任及び民法七一五条の使用者責任があることが明らかである。

8 (損害)

原告は被告との間のワラント取引により二五四〇万四〇七六円の、また、株式の委託取引中日本ケンタッキー株及び五十鈴建設株の暴落により、平成四年五月末の段階で六九九万〇九五〇円の損害を、それぞれ被った。

(二)  被告の主張

1 原告の経歴、職業及びa証券における株式取引の経験等からすると、原告は、証券会社が取り扱う取引について十分な判断能力を有する者で、ワラント取引についての適格性を有する者である。

2 Bは、平成二年二月初旬以降同年三月二六日の原、被告間の最初の取引(ワラントSMC)までの間、約七回原告を訪問したが、原告が約三〇〇〇万円の余剰資金があり、これを短期売買で運用したいと述べたので、原告の希望に沿うにはワラントが適切であると判断して、原告に対しワラントの取引を勧誘した。そして、右訪問の際に、Bは原告に対し、ワラント取引の仕組み等について説明したほか、同年三月一九日にはワラントの取引説明書(乙一五)も交付した。

3 原告が主張するように、Bが断定的判断を提供したり、虚偽又は誤導の表示をしたことはないし、被告がワラントSMCの取引において利益が出るよう操作したこともない。Bが、ワラント市況の状況について説明したのは同年二月のことであり、当時は実際にワラント市況は活発であった。

4 右ワラントSMCの取引の直後に、原告がBに、「どうしてこんなに儲かるのか。」と質問してきたので、Bは、図表を書いて原告に示すなどして、ワラントの行使期限の意味や、これを経過するとワラントが無価値になることなどを含めて、ワラントについて詳細な説明をした。その結果、原告はワラントの性質や危険性について十分理解した。

5 原告が住友商事及び三菱重工のワラントを買い付けた平成二年五月下旬には、同月七日に原告が買い付けた第一回大阪ガスワラントの価格が下落していたのであるから、この当時原告は、ワラント取引のリスクを現実のものとして理解していたと言うべきである。

6 原告はBに対し、平成二年八月頃以降、ワラントで損失が生じていることを理由に、希少性があり当時異常に人気の高かった新規上場株の買付けを要求してきた。その結果、原、被告間の株式の取引が開始されたもので、Bがワラントで生じた損失の埋め合わせを新規上場株ですると約束したことはない。また、日本ケンタッキー及び五十鈴建設株式については、価格が上昇して利益が出ていた時期に、Bが原告に売却を勧めたが、原告は、より一層の価格上昇を期待して売却を指示しなかった。

7 以上のとおり、原告はもともと有価証券取引のリスク等についての判断能力も有しており、Bの説明を十分理解した上自己の責任において本件の各取引を行ってきたもので、被告に責任はなく、右取引による損益は原告自身に帰属すべきものである。

(三)  争点

1 ワラント取引につき、Bに説明義務の履行を怠るなどの違法行為があったか。特に、取引説明書(乙一五)の交付があったか。原告は右取引の危険性等について理解していたか。

2 株式取引につき、違法な点があったか。

3 損害の算定

三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

第三判断

一  原、被告間の取引開始に至る経過等

(一)  証拠(調査嘱託の結果、甲一と原告本人、乙八と証人B・一回目-但し、後記採用しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

1 原告は昭和四七年に近畿大学工学部機械工学科を卒業後、父の経営する現在の株式会社bに入社し、営業関係の仕事をしていた。その後、同社は不動産業を営むようになり、原告は昭和五四年から同社の代表取締役に就任して現在に至っている。

2 原告は、平成元年九月初旬からa証券と株式売買の委託取引を開始し、同年一〇月からは株式の信用取引も開始したが、取引回数はそう多くはなかった。

3 平成二年二月初旬頃、原告は株式会社bの取引銀行から被告を紹介されて、同社事務所でBの訪問を受けた。原告はBに対し、a証券と株式取引をしていることは話したが、その開始時期や信用取引もしていることは話さなかった。原告が約三〇〇〇万円の余剰資金があるので、短期売買で運用したい旨希望を述べたので、Bはワラント取引が適切であると考えて、原告にその取引を推奨することとした。但し、原告は短期売買の短期とは具体的にどの程度の期間のことを指すかはBに伝えてはいなかった。

(二)  乙八及びB証言中には、原告がBに、a証券の外務員を通じて一億円もの株式取引をしていると述べたとする部分があるが、原告が実際にそのような取引をしていたことを認めるに足りる証拠はないから採用できず、また、a証券との取引は平成元年九月以前からなされていたとする部分も、単なる推測を述べるもので、これを裏付ける的確な証拠がないから採用できない。更に、a証券との間の株式取引の銘柄中にいわゆる仕手株があるとする部分も、原告が主導的に仕手株と知りつつ取引したことを認めるに足りる証拠がないから、原告の株式取引の経験の豊富さを指し示すものとは言えない。

(三)  右認定によれば、被告が主張するように、原告が株式取引に十分習熟していた者であるとまでは認められないが、原告の経歴や株式取引の経験等からすれば、原告は、有価証券取引の内容等について理解できる一般的能力は有していたもので、また原告は余剰資金も有していたのであるから、原告がワラント取引を推奨するのに適合しない者とは言うことができない。

二  ワラント取引説明書(乙一五)交付の有無

(一)  被告は、本件訴訟において、当初は、平成二年三月一九日に乙二の一、二のワラント取引説明書(以下、「新説明書」という。)を原告に交付したとの主張、立証をしていたが、右新説明書の作成時期が同年四月であったので、後に、実際に原告に交付した説明書は乙一五(以下、「旧説明書」という。)であるとして、B証人(第二回)もその旨証言を訂正した。しかし、右訂正の証言中でも、新説明書と取り違えた理由についての説明はない。

(二)  証拠(乙一二の一ないし三、B証言-第二回)によれば、社団法人日本証券業協会は、平成二年三月一六日付通知書で、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」及び「有価証券等の寄託の受入れ等に関する規則」等の一部改正についての通知を被告を含む証券会社に発し、その中で顧客に交付すべきワラントの取引説明書の様式を示し、新説明書はこの様式に従って作成されたことが認められる。また、証拠(乙一三の一、二、B証言-第二回)によれば、被告では平成元年中から、顧客に旧説明書を交付する態勢をとっていたことが認められる。

(三)  平成二年三月一九日付原告作成の外国新株引受権証券に関する確認書(乙六)が存在し、原告本人によれば原告がこれに署名捺印したことが認められる。また、証拠(乙一六、B証言-第一、二回)によれば、右確認書の日付はBが記載したものではあるが、Bがその日付の頃に原告から右確認書を受領したことが認められる。同確認書には、被告から受領した「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容を確認し、自己の責任と判断において同証券の取引を行う旨の記載がある。

(四)  右(二)、(三)の認定によれば、平成二年三月一九日に、Bが原告に対し旧説明書を交付したとも考えられなくはないが、右(二)で認定のとおり、当時は説明書の様式切替の過渡期であり、社団法人日本証券業協会が前記通知を発したのは、ワラント取引につきより厳格に顧客への説明をさせることを目的としていたことは明らかであるところ、Bにおいて、原告に対する説明書の交付を重要視していたのであれば、何故旧説明書を新説明書と取り違えたのかという疑問があるほか、B証言(第二回)では、同人は、原告にワラント取引の性質等について説明するにつき、旧説明書に基づいて説明したものではないとしているが、説明書を交付しながらそれを利用せずに説明するというのもいかにも不自然である。新、旧説明書を対照すると、旧説明書は新説明書に比べ、ワラント投資の特長や魅力についての説明を中心にしており、その危険性の説明は質量ともに不十分なものであると言わざるをえないところ、右B証言(第二回)は、右危険性の説明を十分にしたことを強調するためのものとも考えられるが、いずれにしろ、B証言(第一、二回)からは、取引説明書を重視していた姿勢を窺うことが困難である。確かに、前記確認書(乙六)の体裁を見ると、その内容は簡略で読みやすいものではあるが、ワラント取引に習熟していない原告のような顧客が、その意味も理解しないまま安易に作成、交付することは十分あり得ることと言える。

以上によれば、B証人が何故第一回尋問の際に新説明書を交付したと証言したのかの疑問を払拭することができず、他にも説明書を交付したとするには疑問となるべき点があって、結局、Bが原告に対し旧説明書を交付したとは認められないと言うべきである。

三  ワラント取引についてのBの説明

(一)  (B証言の内容)

B証言(第一回)及び乙八の内容(以下、「B供述」という。)の概略は次のとおりである。

1 Bは、平成二年二月初旬に株式会社bの事務所に原告を訪問して以降、第一回のワラント取引までの間に七回程は原告を訪問した。

2 そして、三、四回目の訪問のときから原告にワラントを推奨し始めた。当時、ワラント取引は売買高が非常に膨らんでおり、その市況が賑わっていたので、今後も市況は良くなる、短期間に何倍にも価格が上昇した例もあるなどと言って、原告にワラントを勧めた。

3 原告はワラントについて全く知識を有していなかった。Bは、ワラントの投資効率の良さ等有利な点を強調したが、行使期限の意味やこれを経過するとワラントが無価値になることも含めて、当初からワラントの性質、取引方法、危険性等について原告に説明した。いわゆる相対取引となることについては、一度被告が買い付けて、また手放しますという言葉で説明した。株式のような市場はなく、相場で取引されるとも説明した。行使価格については説明したが、行使株数についての説明はしていない。

4 原告は、Bの右説明を理解していた。原告から「絶対儲かるのか。」と質問されたが、これに対しBは、「絶対ということは申し上げられない。ワラントの実績見て判断して下さい。それから言えば儲かると思います。」と答えた。

5 第一回のワラントSMCの取引で利益が出たとき、原告はその理由をBに質問してきた。Bは、被告会社の封筒に図表を書いてワラントの投資効率の良さを説明するとともに、行使期限等について再度説明した。

(二)  (原告の供述の内容)

一方、原告本人及び甲一で、原告は、ほぼ原告の主張に沿う供述をし、被告との取引を断るつもりでBに対し、「絶対儲かるなら取引するが、儲からないなら取引しない。」と言うと、Bは「絶対儲けさせるから取引してほしい。」と利益を保証してきた、ワラントの性質等についての具体的説明はなく、自分は株式と同じようなものと思っていた、行使期限という言葉自体は預かり書に記載があったので知っていたが、その具体的意味についての理解はなかった、行使期限を経過するとワラントが無価値になるということは被告との取引を中止するまで知らなかったなどと供述している。

右供述のうち、被告との取引を断るつもりで利益保証を要求したとする点は、取引を拒絶するなら端的に拒絶すれば足りると言うべきところ、端的に拒絶できなかった理由の説明がないから採用できず、行使期限の点についても、原告本人は、一方で、住友商事及び三菱重工ワラントの価格が下落したときに、Bからその売却をもう少し待ってほしいと言われ、行使期限が切れるのは一、二年先なので焦ることはないと判断したと供述していることに照らすと、一定の理解はしていたものと言うべきである。また、第一回のワラント取引までの間にBと会見した回数や会見時の会話内容についての原告の供述は、その内容が曖昧で混乱しているというほかなく、この間原告はBからある程度ワラントについての説明は受けたものと推認するのが相当である。

(三)  しかし、前記B供述も、これを全面的に採用することはできない。

Bは、後日原告に新規上場株を八種類も割り当てたことにつき、当時新規上場株は人気が高く割当て希望者も多かったが、原告から要求されて割り当てたと供述し、また、被告は、ワラントの損失の穴埋めとして原告からその割当てを強く要求されたからであると主張しているところ、原告はいわゆる大口の顧客でなかったことはBも認めているのであり、何故原告にのみ右のような便宜を供与したのかの説明をBはしていない。この点からは、原告が供述する利益保証があった事実を強く推認できる。加えて、B供述自体、前記のとおり、間接的に利益保証的発言をしたことを認めている。

原告に対するワラント取引の性質、内容や危険性の説明についても、当初から十分な説明がなされたのであれば、何故第一回のワラント取引の後に原告が利益が簡単に出た理由をBに質問したのかという疑問があるし、右質問に対し、Bがワラント取引の性質、内容のみでなく行使期限の意味等の危険性を合わせて説明したというのも不自然である。また、B供述の相対取引の説明方法は極めて不十分であり、右方法で相対取引であることを正しく理解することは通常人には不可能であると言うべきである。右第一回のワラント取引につき、原告は、乙一の一中の売買の記載が通常の逆であることから、被告があらかじめ利益が出るよう操作したと主張しているところ、右記載のみから右のように推認することまではできないが、甲一〇の一にもあるように、ワラントには株式のような市場がなく、ワラントは証券会社がある程度自由に価格設定できる商品であったのであるから、原告に対し、ワラントのこのような特性を正しく理解させることは極めて重要であったと言うべきであることを考えると、右相対取引の説明は極めて不適切であると言うほかない。この外、B供述からは、実際に取引された外貨建ワラントについて、外国為替相場による影響をどのように原告に説明したのか不明である。更に、右甲一〇の一、二によれば、平成二年三月一〇日付及び同月一四日付日本経済新聞に、ワラント取引が価格低下による取引高縮小の傾向にあるとの記事が掲載されたことが認められるところ、Bは、本項(一)の2記載のように原告に説明していたのであるから、原告に右のようなワラント取引の傾向を告知すべきであったのに、これを告知していない。前記一で認定したように、原告は必ずしも株式取引に習熟していた者ではないし、B供述にもあるように、原告が右日本経済新聞を購読していたことの確認もできていなかった(原告が同新聞を購読していたことを認めるに足りる証拠はない。)のであるから、Bが右ワラント取引の傾向についての情報告知義務を負わないということはできない。

(四)  以上の説明及びBが原告に取引説明書を交付していないこと並びにB供述の全体を見ると、同人の原告に対する説明はワラントの投資効率の良さの強調を中心とするものであったと判断されることを総合すれば、Bは原告に対し、ワラント取引の概略は説明したものの、相対取引について原告に理解できるような説明はせず、行使期限の意味等を正確に原告に理解させるような説明もしなかったばかりか、原告に利益が出ることが確実であるとの誤解を生じさせるような方法でワラント取引の推奨をし、また、ワラント取引の一般的傾向についても正確な情報を提供しなかったものと認めるのが相当である。

四  原、被告間のワラント取引の推移、原告の認識等

(一)  原告本人は、平成二年五月七日の第一回大阪ガスワラントの買付けのしばらく後、Bから、その価格が低下したことを知らされたと供述しており、この頃にはワラント取引のリスクについて現実のものとして理解することが可能であったと言うことができる。しかし、右大阪ガスワラントの価格の当時の下落幅についての具体的立証はないし、争いのない別紙明細書によれば、同月一四日にはワラントSMC九の、同月二四日にはワラント福山通運の、同年六月一日にはワラント東京建物の売却で、原告はそれぞれ利益を上げており、原告の右リスクの認識は必ずしも十分なものではなかったことが推認される。また、前記のとおり、原告本人は、同年五月下旬にワラント住友商事やワラント三菱重工を買い付け、その後その価格が下落したが、Bからその売却をもう少し待ってほしいと言われ、行使期限はまだ先であるので承諾したと供述しており、行使期限の意味をある程度理解していたと推認されるが、右期限を経過するとワラントが無価値になることを適確に理解していたとまでは認められない。

(二)  原告本人は、ワラントの買付けや売却につき、すべてBの意見に従っており、自ら個別銘柄を示して売買の指示を出したりしたこともないし、Bの提案を拒絶したこともないと供述しているところ、B供述では、個別の銘柄について原告に情報を十分提供したとはするものの、原告から個別銘柄のワラントにつき買付けの指示を受けたとか売却の指示を受けたとはしていない。右両供述の対比からすると、原告は個別のワラント取引につき、ほぼBの提案に従っていたと推認できると言うべきであり、B供述の、ワラント住友商事等の売却を勧めたことがあるとの供述も採用できない。

(三)  以上によれば、原告は、原告本人も供述するように、ワラント取引につき、株式取引と同じようなもので、一定の危険性があることは当初から認識していたが、第一回のワラントSMCの即日売買で利益が出たことや、Bのワラント市況等の説明から、Bの利益が出るとの発言を信じており、第一回大阪ガスワラントの価格が下落した後も、ワラントの価格推移に格別の不安を抱かず、Bの勧めるままその取引を継続してきたもので、ワラント取引の危険性に対する認識も極めて不十分であったものと認めるのが相当である。更に、以上の認定経過によれば、原告のワラント取引についての認識の程度につき、Bは知っていたものと言うべきである。

五  ワラント取引についての総括と損害

(一)  以上の説明によれば、ワラント取引が相対取引であることについてのBの説明は、法四六条に規定する取引態様を明示したことにはならず、原告に対するワラント取引の危険性の説明も極めて不十分であり、原告が利益を保証されたと理解するのも無理からぬような断定的判断を提供し、かつ、ワラント市況の推移についても正確な情報を原告に告知しなかったもので、これらBのワラント取引の推奨方法は、証券会社従業員が顧客に対し、取引の性質、内容、危険性につき顧客が理解できるよう説明し、顧客が自己の判断と責任において取引ができるようにする注意義務を怠ったものと評価すべきである。そして、Bの右のような推奨がなければ、原告が本件の各ワラント取引をしなかったであろうことも明らかであるから、Bの使用者である被告は、民法七一五条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべきである。

(二)  (損害)

別紙明細書によれば、原告が被告との間のワラント取引により、合計金二三七五万八二三六円の損害を被ったことが明らかであり、原告が右金額を超える損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  (過失相殺)

前記一ないし四の認定によれば、原告は、株式取引についてすら十分習熟していなかったのに、Bの勧誘に基づくものとはいえ、積極的に余剰資金を短期売買で活用することを希望し、利益保証を要求までした上、安易に知識もないワラントの取引を開始したこと、ワラントの危険性について抽象的には当初から理解しており、行使期限等についてもある程度Bから説明を受けたのであるから、Bに質問するなど自らワラントについてより理解しようと努力すべきであったし、また、原告の経歴等からすれば理解できる能力もあったのに、これを怠ったことは、原告が自らの過失により、本件のワラント取引を開始し、これを継続して損害を拡大させたものと評価することができる。右原告の過失を斟酌すると、原告の損害からその七割を減じるのが相当である。したがって、被告は原告に対し、金七一二万七四七〇円を賠償すべき義務がある。

六  株式取引について

原告の主張によれば、被告との間の株式取引は、ワラント取引による損失の補填のためになされたものであり、原告が損失を補填してもらえるものと信頼していたから、株式取引により原告に生じた損害を被告は賠償すべき義務があるというのであるが、証券会社が顧客に対する損失補填を約束することは、自由で公正な有価証券取引市場の育成を目的とする法の趣旨に反することが明らかであるから、原告が右約束を信頼したとしてもこれを当然に保護することはできない。そして、原告は株式取引については一定の経験を有し、その取引について自己の責任において判断できたものと言うべきであるから、株式取引については、Bの行為が、原告に対する関係で違法であったと評価することはできない。

七  結論

以上の次第で、原告の請求は、金七一二万七四七〇円と民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 前坂光雄)

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